日本学術会議について思うこと

2020年10月12日月曜日

教育 政治

日本固有の種を持つホトトギス
日本固有の種を持つホトトギス

日本学術会議とは

「我が国の人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約87万人の科学者を内外に代表する機関」である『日本学術会議』(the Science Council of Japan)のサイトを拝見しますと;

 『日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。
職務は、以下の2つです。
  • 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
  • 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。』

と記述されております。
この内容は『日本学術会議法』に則ったものです。

下線部分はさて措きまして、2008年に発表されました『日本学術会議憲章』を拝見しますと、人類社会の共有資産としての科学を通じて人類社会に貢献/寄与しようとする日本の科学者たちの意気込みを感じさせてくれます。

今後の課題

様々な課題はあるのでしょうが、私が日本学術会議法に抜け落ちている『守秘義務』が気に掛かります。

昔、韓国企業でアルバイトするために毎週韓国に通っている日本の技術者が週刊誌沙汰になったこともあります。
サムスン電子の研究所がある水原(スウォン)のツインタワーには、一時期、数百人の日本人技術者が働いていたそうです…そこで働いている韓国人から聞きましたので、確かなんでしょう。
【ご参考】
韓国の巨大企業 サムスン電子で働く多数の日本人

今では、中国による先進国の先進技術窃取の問題が姦しいです。
オーストラリアのシンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所」の8月20日付け調査報告書によりますと、中国の「高度人材招致政策」によって1,000人以上の日本人が高額な報酬で採用されている可能性があるそうです(JBpress)。

『日本学術会議憲章』では「科学は人類が共有する学術的な知識と技術の体系であり、…」という崇高な精神が謳われてはおりますが、科学的/学術的な成果には、往々にして、政治にかかわる『機密』が内在します。

更に、日本学術会議の『軍事的安全保障研究に関する声明』には「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」及び「軍事目的のための科学研究を行わない」と謳われております。
この是非は別として、日本人の科学者が日本ではなく、外国で研究するのであれば問題ないとするのでしょうか!?

基本的人権などを考慮しますと難しい問題ではありますが、『守秘義務』に関する何らかの声明を出すか、あるいは、現在の『科学者の行動規範』に組み入れるかして頂きたいですね。

内閣総理大臣の所轄とは

日本学術会議は内閣総理大臣の所轄なんですね。
「所轄」とは「ある範囲を権限をもって支配すること、つまり、管轄すること」ですので、日本学術会議は総理大臣の支配下にあります。

更に、「支配」とは「ある地域や組織に勢力・権力を及ぼして、自分の意のままに動かせる状態に置くこと」です。

従って、直接的には、日本学術会議法を逸脱しない限りにおいて総理大臣は自分の意思を反映させることができ、もし、そうしないのであれば職務怠慢ということになります。

会員の任命問題

日本学術会議会員の任命は総理大臣が行うと日本学術会議法が決めておりますので、総理大臣はその任命という職務遂行に自分の意思を反映させなければなりません。

会員候補者は同法によって日本学術会議が推薦することになっておりますので、総理大臣は日本学術会議の推薦を得ない候補者を追加することはできません。

但し、日本学術会議が総理大臣の支配下に位置付けられているため、総理大臣には全部あるいは一部の候補者に対して任命しない権限があると判断されます。
(同法には大雑把な表現がみられますので、一般的な解釈をせざるを得ません。
同法の文言だけですと、日本学術会議が推薦する候補者は全員、総理大臣は任命せざるを得なくなります)

従って、推薦された一部の候補者が任命されなかった今回の件は、総理大臣の権限内と判断されますので、問題ないと思われます。

但し、任命されなかった理由は、個人情報の守秘義務もありますので公開しなくとも、日本学術会議に説明する義務は総理大臣にあります。
何故なら、総理大臣には自分の意思を日本学術会議法の範囲内で反映させる義務があり、その説明がなければ反映させているとは言えないからです。

更に、任命されない理由が分からなければ、今後の推薦のための判断基準の見直しが厄介になります。

政府から独立して職務を行う

日本学術会議法の範囲内にいる限りは、日本学術会議は政府から「ああしろ、こうしろ、それはするな」などの指示を受ける必要はないということです。

「政府から独立して職務を行う」という意味は、それ以上でもそれ以下でもありませんが、日本学術会議が反政府的な声明/提言を出さないように、当然ながら、政府は監視していることでしょうね。

科学が文化国家の基礎?

実は、この言葉の方に興味を感じてしまい、今回の投稿を書き始めた次第です。

文化国家とは?

ブリタニカ国際大百科事典の解説によりますと、文化国家とは 「18~19世紀のドイツで主張された国家理念であって,国家を民族文化,民族精神の理想に近づけようとする考え方をいう。
だがこれを広く解釈すると,国家は文化の形成,発展に寄与しなければならないとする考えであるといえる。
第2次世界大戦後日本に取入れられた文化国家の観念はこれである
とあります。

上記のような解釈で「科学が文化国家の基礎」を理解しようとしますと、少なからず違和感を覚えてしまいます…まあ、私だけなのかもしれませんが…どうも日本人は、文化は精神的なもので、文明は物質的なものと区別して考える傾向にあるようですので、まずは、文化と文明の定義を見てゆくことにします。

文化と文明

文 化

文化の定義は辞書によって多少なりとも異なりますが、ブリタニカ国際大百科事典の解説によりますと次のようになります。
  • 「今日ではより広く,ある社会の成員が共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式をさすことが多い。このように定義される文化は,言語,思想,信仰,慣習,タブー,掟,制度,道具,技術,芸術作品,儀礼,儀式などから構成される」
日本の辞書では「文化は哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される」というような解説が付く場合もあります。

文 明

文明の定義となると厄介で、文化と文明を同義語としたり、文化の発達した状態を文明としたり、精神的所産を文化とし物質的所産を文明として明確に区別したりで欧米での解釈は様々ですが、日本では精神文化と物質文明という言葉があるように、その区別は根強く残っているそうです。

今日でも、学者によって解釈が異なることは珍しくないようですが、英英辞書で調べますと、欧米では文明を精神的にも物質的にも発達した文化と理解するのが主流なのかもしれませんね。
(実は、私はこの解釈にはついてゆけません。何故なら、文明には進歩という尺度があるが、文化にはそのような尺度はなく優劣はつけられないと思うからです)

ご参考までに、ブリタニカ国際大百科事典の解説には、
  • 「………
    またドイツ民族学や文化社会学では,精神的なものと自然的なものを区別し,自然を支配するための技術による物質的・実際的部門にかかわるものを文明,自然それ自体の価値を実現する精神的,感情的な部門にかかわるものを文化とする傾向がある」
と記述されております。

日本学術会議が謳う文化国家の文化とは

文化国家は18~19世紀にドイツで使われた言葉で、国家を民族文化,民族精神の理想に近づけようとする国家理念なのだそうですが、この国家理念に科学がどのように貢献しているのかイメージが湧きません。

従って、善意に解釈しますと、ここでの文化は、文明と区別されるものではなく広義に解釈されるものであり、「社会の構成員が共有している行動様式や物質的側面も含めた生活様式」となるのでしょうね。

しかし、文化には地域性や個性とか独自性というイメージが付きまといます。
このイメージは、普遍性を追求する科学とは相容れない要素でもあります。

このように考えてきますと、「科学が文化国家の基礎」と謳うことには無理がありそうにも思えてきます。

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