価値観≒好き嫌い!?

仁王様
インド人が基礎を築いたとと言われる
霊隠寺の諸佛護臨内に祀られた
仁王様の一体。
仕草がアジアらしくなかったり、
風貌が白人のような仁王様が
少なくありません。


独立主権国家


平和憲法を守るという方々と現在の憲法は日本国民の意志で作成されたものではないので作り直すべきだと主張する方々がおられます…両者とも筋が通っていると思われます。

ただ、作り直すべきだと主張なさる方々の中には、日本が生き残るすべは、属国のようなかたちで米国に追随してゆくしかないと仰る方々が少なくありません。

私は、そこに大きな矛盾を感じてしまいます…
米国の言いなりになるのであれば、実質的に米国が作成したと言われる日本国憲法を作り直す必要があるのでしょうか…

日本が直接に攻撃を受けた最近の事件(ホルムズ海峡タンカー攻撃事件)でも、日本政府は蚊帳の外ですね…
まあ、例のごとく、遺憾を表明して、責任の究明を他国に依頼するという程度の対応ですよね(-_-;)

普通(?)の国なら、安全確保などのために護衛艦などを形式的にでも意思表示のために派遣するのでしょうが…
これでは、世界に向けて、日本は独立主権国家ではないと宣言しているようなものです。
何を今更と言われそうですが…


価値観


さて、価値観には多様性があります。
私は、価値観の多様性を広く受け入れる社会が理想だと思っております。

多様性と言いましても、そこには制約があります。
つまり、人間の目的(人類の保存)を逸脱する価値観は排除されます。
まあ、私がそう信じているだけですので、視点を変えますと、また違った理想が見えてくるかもしれません…

しかし、そのような基本的な措定をせずに価値観と言いましても、それは好き嫌いの範疇でしかないのではと思っております。

まあ、価値観を特別な意味に捉えすぎてますかね(^-^;

ボーっとして頭が働かない時に書くこと…

Blogのロゴ

まあ、頭が働いていても大したことも書けないですが…更に支離滅裂になるということですね(>_<)
それでも書き始めてしまうことに、自分の性を感じてしまいます…なんて、大袈裟かな(^-^;

ここのところ、色々な方のブログを渡り歩かせて頂き、多少のコメントも置かせて頂きました。

様々な分野で、情報提供という明確な目的をもってブログを立ち上げておられる方々も多いですね…凄いなあ~と単純に思います。
そのようなブログには、ブログ同士の内容がダブってしまっていることが少なくありませんので、ブログごとの特徴を感じさせて頂けないこともあります。
また、コメントを置くチャンスといますか、張り込む余地がないなあ~と感じてしまうことも少なくありません…教科書を目の前にして解説してくださる先生のような、そんな方の介在が必要なのかもしれませんね(^-^;

旅行やお出かけを題材にしたブログも多いですよね…へぇ~、こんな所もあったんだと新発見の気分にさせてくれたりもます(^^♪

料理番組のようなブログも少なくありません…食べる専門のぐ~たらな私からしますと、手の掛かるプロセスを踏んで、手際よく仕上げてゆくという投稿の内容には敬服してしまいます(^-^)

住んでおられる地域の風土や文化的な特徴を紹介なさっておられるブログは…多いですよね(^-^;
よく調べて書かれているんでしょう…ふ~ん、そうなんだと思わされることもあります。
でも、敷衍がお出来にならない面もあったりしますので、コメントを置かせて頂いても、一方通行になってしまうこともあります(-_-;)

私のように、いや、それ以上に映画やドラマが好きという方のブログもよく目にします。
映画やドラマ自体だけではなく、制作に携わった方々に関することまで、さすがに詳しいですね。
でも、ご自分の枠からハミ出そうとはなさならい方々もおられるようですので、感じ方や楽しみ方のお話しには進展しない場合もあります…いや、その方が多いかも(-_-;)

今では珍しく拝見する程度ですが、釣りのブログもありますね…一時期はよく拝見してました(^-^;
豪快な釣りから、静かに耐えるかのような釣りまで、結構範囲が広いですよね。

まあ、色んな種類(?)のブログが氾濫しております…私は良い事ではないかと思っているのですが…

さて、初めて面白い…私にとって…文体のブログに出会ったのです(^^♪
ボサノバ調とでも言えそうな文体で書かれたブログです。
これは楽しめそうと思い、早速、コメントを置かせて頂いたのですが、ところが、頂いたお返事は、生真面目な普通の文体で書かれた真面過ぎる内容でした…ちょっと…ほんのチョッピリだけ…ガッカリしましたね(^-^;

もしかして、あるいは、私が置かせて頂いたコメントに不快さをお感じになられた方もおられるかもしれません。
勝手ながら、ここでお詫び申し上げます。

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さて、洗濯が済み、それを干し終わり、食料の買出しに行って、帰ってきたところです。
上海では、ボーっとして道を歩いてますと何回でも死ねますよ、と冗談半分に出張者にお話しすることがありますが、まあ、死なないまでも、怪我をする確率は、かなり高いですね。

お話は全く変わりますが…

米中貿易戦争の煽りのお話しです。
中国商務部の報告では、
中国の米国からの大豆の輸入量が、今年1月ー4月の期間に前年同期比で70.6%減ったそうです!?…70.6%に減ったとは言われていません(^-^;
2018年1月ー4月⇒2019年1月ー4月
約1466万トン ⇒ 431万トン

ところが、ブラジルからの輸入が同時期で、
約1055万トン ⇒ 約1549万トン
に急増しているそうです。

また、わずかばかりの輸入があったアルゼンチンからの輸入が同時期に23倍⇒215万トンになったと言います。

単純計算しますと、それでも中国の買付け量は、前年同期よりも335万トンも減っていることになります。
このままの流れで、米国から大豆が一粒も入らなくなったとしたら、貿易戦争というよりは経済制裁の面が色濃くでてきますでしょうね。
しかも、南米から中国は、その増量分をどれだけの高値で買わされているのか…

更に、噂話があります…それは、中国はイランと手を組むことによって、米国と武力で対抗できるという内容です…その信憑性は、私には全く分かりません(-_-;)

また、中国政治の専門家とも言える某大学の教授によりますと、「中国にも我慢の限界がある。事前通告しなかったとは言わせない」というような意味の言葉が政府機関紙に掲載されたそうです。
以前の中国の戦争や局地戦では、事前にそのような言葉が発信されていたそうですので、その教授は、もしかしたらという疑念を抱かせるようなお話をなさっております。

何も知らない状態で疑い出したらキリがないのですが、先日のトランプ大統領は日本の首相に、万が一の時は頼むぞ、それなりの犠牲も覚悟してくれよと念を押しに来日したのではと疑ってしまいますよね…現代の戦争は、大国は自国本土で戦うことはなく、外での局地戦ですので、それを思いますと、一番危ないのは日本ということになりかねません(-_-;)

私には、決め付けるような言い方が出来ることは何もありませんが…
ただ、関係するビジネスの現場の方々はピリピリなさっておられるうようです…Foxconnも仕入れソースの大幅見直しを行っているそうですね。

まだ、ボーっとしてますね…暑さと眠気のせいかもしれません(^-^;

何方にもムカつくことってありますよね…

霊隠寺の諸佛護臨内に祀られた 仁王様の一体
インド人が基礎を築いたとと言われる
霊隠寺の諸佛護臨内に祀られた
仁王様の一体。
仕草がアジアらしくなかったり、
風貌が白人のような仁王様が
少なくありません。


むかつくことは、私にも沢山ある筈なんですが、殆どは、我慢するしかないことですので、普段は忘れてますね(^-^;

そのムカつくことを思い出してしまうことが、たま~にあります…切っ掛けは、まあ、その場面に再度出くわした時ですね(-_-;)

最近の記事で…まあ、世間に氾濫しているとでも言えそうな内容ですが…ある有名な大学院教授の方が世界/アジア経済の現状と迫りくる危機の分析を上手くまとめておられます…皆さんも目にした/目にする内容で、他の専門家たちが発信している内容と似たり寄ったりかもしれませんね。

その教授の方の発信目的は、そのような経済危機が迫ってきている状況下で「消費増税」なんかするべきではないという主張です。

私は、その教授が提供している情報は大変価値あるものだと思います。
何故なら、たとえ部分的なことであっても、やってはならないことを具体的に提示し、自己主張をなさっておられるからです。

変なこと言うな…なにかを主張するのは当たり前だろうと仰る方々も少なくないでしょうね。

ところがですね、国際情勢・経済・政治問題などを発信している専門家(記者ではなく)の中には、ただ、状況/実態を羅列し、大変なことになるとか、それに対抗する必要があるとか抽象的なことを言うだけで、今後具体的にどうするのかということに関しては、自己主張をなさらない方々が、思う以上に多いのですねぇ~(-_-;)
挙句の果てに、日本人はバカだとか国民を見下した言い方をする方々が少なくありません。
ですから、私は、時々、衒学の氾濫を感じてしまいます…まあ、昔からそうですけどね(^-^;

しかし、大上段に構えて言葉で見得を切るのであれば、具体的な行動も起こして頂きたいと思うのです。

私の知人…優秀な方です…その方の息子さんは東大の大学院を出られて働いておられますが、何を思ったか、予備自衛官になられたのです。
一年に何回か定期的に訓練を受けておられるようです。

今の日本が必要としている人材は、お前たちより俺の方が良く知っていると競い合う専門家と称して勿体ぶった多くの方々ではなく、一歩でも二歩でも具体的に先に進むことの出来る人達だと思うのです。

まあ、私のレベルを超えた、どうでもイイことを書いてしまいましたね…(^-^;

男中心の社会が変わるなら、男女の人生の選択肢は広がるのでは…

愛情表現

最近、ある方のブログを拝見して、日本では夫婦三組に一組が離婚していることを知りました。
思ったよりも高いので、ちょっと、驚いております。

離婚率が高いと言われている上海では、5・6年前は、確か38%だったと思いますが、今では40%台の後半のようですね…本当だろうかとも思ってしまいますが、上海には特殊事情がありそうです。
【ご参考】上海女性の恋の季節

離婚しない二組の夫婦の中にも、たとえ表立った喧嘩はしないまでも…仲が悪いという夫婦も少なくはなさそうな気もします。

そのような現実に素直に目をやりますと、何故、無理やり結婚という状態をいつまでも維持しなければならないのだろうかという思いに囚われます。

そりゃあ~、夫婦仲睦まじく、死が二人を分かつまで…私も個人的には、それは素晴らしいことだと思っております。

昔、ある大学の女性教授が仰ったことを、成る程なあ~と感心して聞いていたことがあります。
その教授は、現代の社会問題の多くは、寿命が大幅に延びたことに起因していると仰るのです。

昔々の親たちは、子供を育て、子供が一人前になって結婚し、孫が育つ頃には寿命が尽きてゆくというサイクルだったようですね…要するに、極端な言い方をしますと、子育てが終わると親の寿命は終わりに近づいてきていたわけです。

それが現代では、その子供が自分の子供だけではなく、親も一緒に何年も養って行かなければならないという状態になってきています。
このことを既存の社会制度は想定していなかったという訳です。

(勿論、今では、その教授が仰られた時代とは異なり、社会制度も変わってきておりますね…是非は別としまして)

つまり、夫婦でいる年数もかなり長くなってきているということになります…離婚しない限りはですね。

ただ、夫婦⇒子供という一面的な流れで話を進めますと、ちょっと、厄介かもしれませんね…
意図的に子供をもたない夫婦も、子供ができない夫婦もおり、また、同性婚、結婚はしたくないが子供は欲しいという人たちなど…姦しくなってしまいます(-_-;)

(ところで、たまに思うのですが、「姦しい」という言葉は、ある意味、女性蔑視とも言えますよね…未亡人のように)

従いまして、極単純(一般的)な流れで考えますと、夫婦に共通する目的=子育てが消滅してまで、無理に夫婦でいる必要性があるのかなあ~という疑問です。

一般的に思い浮かびますのは、経済問題です…生活費をどうするのかという課題です。

しかし、共働き夫婦が増え、特に、女性の自活能力が向上してゆきますと、その経済的桎梏も希薄になってゆきます。

そうであるなら、既婚女性が、それまでの人生の柵から逃れて、新たな可能性を求めて/経験してみたいと思ったとしても不思議ではありません。

そうのようなことに思いを巡らせてみますと、男中心の社会が変わってゆくのであれば、男女の人生に選択肢の広がりがあっても良いのではと考えてしまいます。


【ご参考】男中心の社会で女性は苦労します

ブログへの長いコメントは嫌われる!?

Blogロゴ

Bloggerの方々にコメントを置かせてい頂くケースは殆どありませんので、Bloggerの方々には関係のないお話になってしまいますが、かといって、WordPressの方に投稿するのは気が引けますので…

私のブログをフォローして下さったり、投稿のイイねをクリックなさって下さった数少ない方々のブログの投稿に、私はコメントを置かせて頂く場合が多いです。

(私には、「いいね」はクリックしたくないという変な拘りがありますので…
投稿を読みもしないで「いいね」をクリックなさっている方々が多いように思っています…いわゆる、義理クリですね)

ところが、ちょっと長いコメントを置かせて頂きますと、全く反応が無い場合が少なくありません…何故なんでしょうね。
私は、相手を不愉快にしてしまうような内容を書く筈もないのですが…自分でそう思っているだけで、実は、相手を不愉快にしてしまっているのでしょうかね…う~ん、分かりませんね(-_-;)

昨日、私のブログ(Bloggerではない)をフォローして下さった奇特な方がおられて、ご挨拶させて頂くために、その方のブログを探したのですが、Bloggerへの2010年の投稿が最新のものでした。

特定の情報提供の内容でなければ古くても、その投稿は生きていますので、コメントを置かせて頂きました。
(私のブログでも古い投稿を見て下さる方々がおられます)

その方は反応して下さるだろうかと思う心が、私を楽しませてくれます(^^♪

華為(Huawei)⇔FedEx問題に関連して…

Huawei, FedEx, USAのトレードマークとロゴ
FedEx問題(日本から中国へ送る予定の華為の書類をFedExが米国に運んだ)は、先日の金曜日から中国では騒がれてますが、書く気にはなりませんでした…日本と米国のニュースをチェックするのも億劫で、洗濯と掃除などの家事をやらなければなりませんので(-_-;)

それでも、妊娠中の中国人の友人…父親と亭主が共産党員…から、インドから中国へのHuawei(華為)の荷物(書類ではないらしい)がFedExによって米国に運ばれたので、Huaweiは訴訟を起こすことにしたとうメッセージが入り、ちょっと、チャットしまたら、不思議だなあ~と違和感に襲われまして、書いておこうと思ったという次第です。

彼女とはWeChat(微信)で、時々、チャットします。
まあ、他愛もない話が殆どですが、話がドンドン広がってゆき、やばいと感じることもあります。
その場合は、途中で、「この話はこれでオシマイ!」と私の方が切ってしまいます(^-^;

中国政府の反応が気になりましたので、彼女に確認しましたら、その反応は表面化していないとのことです…これが違和感ですね。

普通なら、事態がハッキリするまでFedExは使用しないという、少なくとも、民間の動きが現れ…そして、政府は関与していないと発表するケースが多いですよね。

中国は米国に思う以上に押されているんでしょうかね…
最近のニュースによりますと、中国はレアアースの輸出制限を言い始めているそうですが、まあ、過去にもやりましたので、今でも効果があるのかなあ~と思います…また、レアアースの輸出制限は、中国自身にも跳ね返ってきますので、結果的に自分で自分の首を絞めるということにもなりかねません。

うだらうだら考えても、結論は、良く分かりませんということです。
まあ、専門家と称される人たちや記者(ジャーナリストではない)たちが、それなりのことを発信なさるのでしょうから、それらの情報を集めて、ご自分で推量するしかありませんね。

ところで、他の中国人の友人に、FedEx問題を知ってるか?と聞きましたら、なんだそれは?と言われてしまいました(^-^;


PS.
Huawei問題は、表面化していないのかもしれませんが、ビジネス現場では大問題になっています…特に、国際競争力があると言われる企業の関係者たちは頭を抱えて、どうするか検討中ですが、そんなこと分らんと開き直っている責任者も少なくなさそうですね(^-^;

新婚旅行は一年間!?

先日、私の中国人の友人が仲間と飲みに行ったそうです。
そこで知り合った日本人(30才代)が面白い男性だったそうで、夜遅くまで話が弾んだようですね。

A couple in dawn

その男の方は、父親の仕事関係でフランスで暮らしていたことがあり、友人も多いそうです。
以前、彼には結婚をしようとした女性がいて、結婚の話を進めたのですが、結局は、その女性のご両親の大反対に合って、彼は結婚を諦めたんだそうです。

その大反対の理由/原因は、私には考えも及ばないことでした…

私も長年生きてきており、お会いしている人々の数は、人種を問わず、少なくはないと思っております。
また、たとえ直接経験したことではなくとも、話に聞いたり、噂話に接したり、見たり読んだりしたことから、然もありなんと想像することもできます。

ですが…今回の話は、「人はそれぞれ…」という域を超えて、その有様を切り取って、自分の価値観の枠に嵌めて判断するというプロセスが機能しませんでした(>_<)

要するに、私自身の狭い小世界を意識させられたということですね。
まあ、価値観は変遷していると言ってしまえば、それだけのことなのかもしれませんがね(^-^;

その彼には決めていることがあり、それは、新婚旅行は一年間ということでした!?

それが新婚旅行と言えるのかどうかは分かりませんが…
仕事も辞めて、煩わしいことには一切関わらず、一年間、新妻との生活に耽溺するということなのだと思います。

彼が結婚したかった女性のご両親は、こんな常識外れのトンデモナイ男に嫁がせるわけにはゆかないと大反対なさったというわけです。

私の友人に、どう思うと問われて…
いつもは即答する私も、今回は、う~ん、と唸ってしまうだけでしたね(-_-;)

そのご両親のお気持ちは理解できます…
彼の希望も…学生時代であれば、然もありなんと思うこともできるのですが…かと言って、それを非常識と決め付ける気にもなれませんね…

物事の当否は、前提や目的に大きく依存しますので…

隣の芝生は青い

都井岬の野生馬の群れ…草を食んでいる
写真は都井岬の野生馬が草を食んでいる様子です。昔々に撮って気に入っている写真の一枚です(^-^)


表題は《The grass is always greener on the other side of the fence.》の訳語ですね。
「何でも他人のものは良く見えるものだ」という意味だと思います。

色々な方のブログを拝見してますと、センスの良さを感じさせられてしまいます。
まずは、そこに目が行ってしまいますね…内容よりも(^-^;

まあ、私にはないセンスの良さに惹き付けられるということですね(^-^)
そう言えば、私が出張した際のお土産に、身に付ける物は絶対に買ってくるなと家族に言われておりました(-_-;)

それでも、書かれている内容を、ついつい読んでしまう/読まされてしまう流れの良さを感じる時があります…文章とその構成に優れたものがあるんですね。

何故なんだろうなあ~と考えますと、共通していますことは、ご自分の言葉で、気負いもなく素直に書かれていることのように思います。

どのように感じているのか、どうしたいのか、何が悲しいのか、何が楽しいのか、何を悩み苦労しているのか…

そこには、衒学的でもなく、啓蒙的でもない、個としての存在が感じられます(^-^)

ローマ字表記の名+姓の順番を変える!?

姓+名vs名+姓

今日はブログの整理をしていて、単純な作業ですので、ボーっとしてしまいまして、ブログを書く気にもなれずにいたのですが…
ところが、私のレベルでも話題にできそうな記事が目に入ってきて、書いてみようかなと思い始めました。

それは、日本人の姓名のローマ字表記の仕方を変えようではないかというお話です。

今までは、姓名のローマ字表記を名+姓にしてきたのですが、それを日本での標準である姓+名にしようではないか、その方が日本らしさを維持できるというような理由です…理由は他にもあるようです。

確かに、姓名をひっくり返して名姓にしますと、表記が難しくなってしまう日本名もあります。
例えば、紀貫之(きのつらゆき)という姓名をひっくり返してローマ字表記にしようとしますと、Tsurayuki No Ki とでもなるんでしょうかね …???… これでは違和感が大きすぎるようにも思います。

しかし、そんなことを今更言われましても…紀貫之という名前が最近出てきたわけでもありませんので、今まではどう表記されていたのか、その分野の方にお聞きするか、英語で書かれた本を見ますと、その処理の仕方が分かるのですが…億劫ですよね(-_-;)

更に言われておりますことは、アジアでも姓名をひっくり返さずに英語表記している国々があり、名+姓は国際標準とは言えないということです。
まあ、大袈裟な理由ですよね…大体にして、英語で相手が分かるように表現することが目的ですので、それなら英語の形式に則るのが自然だとも思うのですが…

例えば、中国人たちの名刺を見てますと、姓名の順番を変えずに英語表記しているケースが多いです…全員ではありませんが。

しかし、それは、中国らしさとか中国文化の誇示とかには、全く関係していないと思います。
何故なら、英語のニックネームで名を表記している人々も少なくないんですよね…日本でも、昔、英語屋と言われていた人々には、名を英語のニックネームにしていた人が多かったです…Mickeyという方もおられましたね…尤も、ミッキーマウスに似てないこともなかったですが(^-^;

中国の場合には、名前の発音が、一般的に、外国人には大変難しいという特殊性があります。
ピンイン表記しても英語の発音と同じということではありませんので、発音が大変難しいです。
それで、いっそのこと、英語のニックネームにしてしまえということなのでしょうね。

米国人も、私の経験では、知り合いになりますと、相手の姓ではなく、名の方を呼ぶことに拘ります…しかも、出来るだけ簡略化(ニックネーム)して呼びたがります。
例えば、Akiraですと、AkiとかAckyのようにですね。

ですから、仕事で外人と接している中国人が自分の名を英語のニックネームにしているとうことは理解できます。
そういう連中の英語の名刺が、名+姓になっている場合も少なくないようです。

まあ、どっちにしましても、欧米人は、名刺を見て、どっちがファミリーネームで、どっちがファーストネームだと聞いてくる場合が少なくありませんので、私個人としては、都合の悪い人が多い姓名の順番を避けた方がイイと思うだけですね。
多分、どっちでも構わないと思う方々が大多数ではないでしょうか…

横道に逸れますが、こんなことより、日本語を勉強したいと思う人を出来るだけ増やすことに注力する方がより重要だと思います。
人口が日本の10倍以上も多い中国でさえ、中国語の普及に力を入れているのですから…

教育について…もしかして誤解がある!?

Education


最近、海外も含めて、いくつかの教育関係のブログを拝見する機会がありました。

拝見したブログの皆さんは、大変活発で真剣に話題に取り組んでおられます…頭が下がります。

両親が教育者であったにも拘わらず、教育とは何ぞや、なんて考えたこともない私ですが、今まで途切れ途切れに抱いてきた疑問に触れてみたいと思います…
まあ、勝手にほざいてろ!という反応が想像されますが(^-^;

勿論、専門家ではありませんので、ブログで話題になっております具体的な詳細に踏み込むことは出来ません…要するに、知らないからです(-_-;)

ただ、考え方と疑問の呈し方に関しましては、多少なりともお話できると思います。

さて、教育に関して、カリキュラム等の再検討を含めて、教育はどのような結果を提供するべきかというような話題も多いです。

例えば、今となっては昔から、もっと実践的で実利的な教育をという話題があります。
語学で言いますと、ネイティブから会話の訓練を受けて実際の会話が出来るようにすることとか、経済の分野で言いますと、金融関係(株式も含む)の仕組みを学び、日々の生活に活用できるようにするとか…
そして、そのような教育が、人々が幸せな生活を送ることを支援することになる…現行の文芸教育の時間を半分に減らしてでも行うべきだと主張なさる方も少なくないようです。

別に、そのような主張に異議を唱えるつもりは毛頭ありません…が、教育者が教育が達成すべき目的自体を議論することには違和感を抱いてしまいます。

教育学には方法論の話題が多いと思います…何故なのか、教育の定義を見てみますと、ある程度理解できそうです。

小学館のデジタル大辞典によりますと、
「ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること」
となっています。

Merriam-Websterは、さらりとした定義ですね。
”to provide schooling (to teach or drill in a specific knowledge or skill) for”
「特定の知識/技術の教授/訓練の提供をすること」

上記の定義によりますと、教育とは、と大上段に構えて考えなければならないような対象でもなさそうですね。

つまり、教育は方法と実践の世界なのであり、その目的、例えば「ある人間の望ましい姿」とは何かということを設定/決定する立場にはないわけです。

要するに、「人間の望ましい姿」を誰かが決定し、それを達成する方法と実践を提供するのが教育ということになります。

従いまして、布教やプロパガンダにみられるような洗脳的なことも教育と言えるわけです。

これは、教育/教育者に対する一般的なイメージと掛け離れているようには思いませんか(^-^;

Game of Thrones…中国での放送が途切れました(-_-;)

ドラマGame of Thrones

ドラマ”Game of Thrones”の最終章第八季のTV放送が米国で始まっておりますが、中国では米国で放送された日曜日の翌月曜日には放送されておりました。

第1話から第5話まで予定通り放送されたのです…が、何故か、6話が米国では今月19日(日)に放送された筈にも拘わらず、現在(木曜日)になっても、中国では放送されておりません……私も楽しみにしていただけに、残念です(-_-;)

その理由に関する色々な憶測が飛び交っております…中米貿易戦争が原因だということも含め… が、信憑性がありそうな理由には行き当たりませんね(^-^;

配信サービス会社の方からの理由説明がないがために、SNSで遊べる余地が出てきます(^-^;……中国ではよくあるケースです。

因みに、電車の遅れの原因と状況も、アナウンスされることは殆どありません。


【ご参考】映画・ドラマの楽しみ方

今朝の通勤時にはビックリさせられました(>_<)

シェアサイクル2

 上海の2日前の最高気温は29℃でしたが、今日は、31℃の予報です…午前中から暑いですねぇ~…外に出てタバコを吸うにも、日陰でなければジリジリする程です。

今朝、通勤で電動バイク(自転車)に乗ってきたんですが、途中でちょとしたハプニングがありました。

上海では、通勤時間帯のシェアサイクル利用者が大変多いです。
中には、自転車自体や走行時の注意の仕方に慣れていない人たちも少なくなく、思いも寄らない動きをする方もおりますので、私はシェアサイクルに乗っている人に対しては、更に注意をしています。

今朝も通勤の車や電動バイクと自転車で混雑している道路で、前方右側を走っているシェアサイクルの左側を走っていた私は、そのまま追い抜きつつありました。

そのシェアサイクルを追い抜きそうになっていたその時に、そのシェアサイクルが徐に左に寄ってきたのです…私はヤバいと思い、左にハンドルを切ったのですが、直ぐ左側には車が走っているので、ぶつかりそうになり、急ブレーキを掛けて止まりました。

そして、そのシェアサイクルは、ゆっくりと私の方に倒れ込んできたというわけです。

要するに、そのシェアサイクルに乗っていた若い女性は、左サイドを全く注意せずに、ゆっくりと左に曲がってきたというわけです…ちょっと左に目をやるだけで私がいることが分かった筈なのですが…

混雑した道路で、スピードは出てませんでしたので、両者とも怪我も自転車のダメージもありませんでしたが、彼女もかなりビックリしたようで、大丈夫?という私の問いかけに、ただただ、頷くだけでしたね(^-^;

因みに、中国では、車は右側通行で、歩行者は左側通行です…つまり、日本とは逆ですね。