書店の数が減り、知識人の数も減った!?

2019年4月13日土曜日

社会問題 中国

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朝日新聞のGLOBE4/7(2019年4月7日)に、

日本の書店の衰退による日本人の知識レベルの低下を懸念する記事を書いておられる方(女性記者)がいらっしゃいます。

蔦屋書店
彼女は、中国の西安と北京で書店が大きく躍進していると報告しております。
彼女によりますと、書店自体のデザインなどの工夫や政府の梃入れなどが功を奏しているそうです。
そこには、日本の書店の自己努力が足りない、まだ、日本でも書店が挽回する可能性はあるだろうというアピールがあります。

更に、彼女は、日本における書店の衰退=知識レベルの低下という懸念に言及しておられます。

私個人は本屋さんが好きですので、書店の衰退を食い止めろという意見には大賛成なのです…が、中国を例に挙げることと書店の衰退=知識レベルの低下という観点に、私は部分的に違和感を感じてしまいます。

積み上げられた沢山の本
私は上海に住んでおり、仕事で色々な地域に行きます…まあ、大した経験でもないのですが…

書店の数の捉え方

思うに、日本とは違って、中国には元々、書店が多くない…むしろ、少なすぎますね。

現在30歳前後になられている中国人の方々で、たとえ大学を卒業なさっておられる方々でも、子供の頃に本を買ったことがないという方々が珍しくないのです…中国はそういう状況にある/あったのです。

巨大都市の上海で本屋街と言われている人民広場の福州路には、中小色々な本屋があり、大変大きな本屋も1軒ありますが、それ以外の街で、さて、本屋さんはと言いますと、これが余り無いんですよね…スマホで調べてみると分かります。
特に、日本のような小振りな本屋さんが無いのです。

更に、日本のコンビニや駅の売店でも多少の本が置かれていますが、中国のコンビニにで本が売られているのを見たことも聞いたこともありません…全く売られていないとは決め付けませんが…

ですから、中国政府が支援しているにも拘わらず、書店数の拡大は思うように進んでいなのが実態だと思います…つまり、本の値段が安くても、需要が広範囲にわたって拡大しないわけです。

日本では、書店の数が減っているとは言え、町ごとに本屋さんは、相変わらず、大小に拘わらず、あると思います。
また、 大きな街には、ビルの中で何階も借り切っている大きな書店がありますよね。

確かに、20~30年前までは、日本の町ごとに数軒の本屋さんがあり、掘立小屋のような古本屋さんもありましたが、子供の人口が大きく減ってきている日本では、それらは淘汰されてきているのでしょうね…この変化は、書店の数が多い少ない以前の由々しき問題です。

視点を変えますと、本はネット販売され、本の電子版化も活発です…例えば、アマゾンで本を探しますと、電子版を普通に見かけます…このようなサイトも書店と見做すことが必要でしょう。
しかし、そのようなサイトは、書店の数には貢献しません…一カ所でほぼ全域をカバーするわけですから…

スマートフォンの蔓延

日本とは異なり、中国では、本の需要がピークに達する前にスマホが蔓延してしまった故に、書店数が拡大しないのではと考えております。

スマホの蔓延は、二つの面から本の需要を抑えています。
  • 一つは、スマホに掛かる大きな費用です…これが、他の消費を抑える働きをしています。
    日本でも、固定電話を自宅に持たず、新聞も取らないという個人が増えているそうですね…スマホで事足りるわけですが、それ以上に、出来るだけ他の消費を抑える必要性があるのでしょうね。

    中国では色々な物が安く手に入りますので、スマホもそうだろうと思いがちですが、豈図らんや、中国人達の見栄は相当なもので、i-Phoneやi-Padが高い人気を維持しています…為替次第では、日本で買うよりも高いi-Phoneを彼らは買っているのです。スマホの費用は、彼らの生活費を圧迫しているとも言えます…つまり、本を買うという気持ちになれるわけがないのです。
  • 地下鉄の中でスマホを見ている人々は、殆どと言いたいぐらに多いです。
    スマホやi-Padのようなもので電子本を読んでいる方々も普通に見かけます。
    地下鉄の中で、新聞を広げて読んでいる方を見かけたことがあるか否かさえ、私の記憶にありません。

    スマホが与える情報は広範囲にわたり、本の内容ですら抜粋されたり、解説されていたりします…しかも、自分が欲しい情報に簡単に行き着くことが出来るのです。

    彼らは、それでも、たまには、慣れ親しんだ活字の本を読んでみたいという気持ちにはなれないのです…慣れ親しんではこなかったのですからね(^-^;

書店の数=知識レベル?

現代では、全く通用しない等式でしょうね。

現代における活字を使用しない情報の流れには、私のような庶民にとって、想像を絶するような膨大さがあります。
本の電子版化も活発です…むしろ、活字本には、内容と更新速度の点で、かなりの限界がある時代になってきています。

従って、単に知識という観点では、書店の数が少ないから知識レベルも低いという等式は、現代では成り立たないわけです。

あるIT分野の専門家が、2060年代までには情報提供手段としての紙は無くなると極論しておられましたが、それが遅いか早いかは別として、個人的には、ゾッとしますね(>_<)

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