デジカメの機動性がカメラに日常性を与えた

2020年7月17日金曜日

趣味

キクイモの花ビラに止まる蝶
向日葵属のキクイモと蝶

デジタル・カメラ(デジカメ)はカメラの世界を革新しました。

写真フィルムの基になるフィルムが1888年にアメリカのイーストマン・コダック社から発売されてから、フィルム式カメラの歴史は100年以上も続きました…参照:カメラの歴史をみてみよう

フィルム式カメラの場合は、まずはカメラを買い、フィルムも買って写真を撮り、撮り終ったフィルムを現像所(お店)にもってゆき、数日後にプリントされた写真を受け取りに行くという工程が必要でした。

ということで、使う度に経費が掛かり、撮った写真を見るまでに日数が掛かったものです。

プロの人たちは別として、経費が掛かりますので、同じシーンの写真を何枚も撮るということは一般的でありませんでしたね。

ところが、デジカメは、費用を掛けずに、いつでもどこでも気軽に何枚でも撮ることが出来て、撮ったその場で即座に見られるという機動性をもたらしました。
勿論、動画(ビデオ)も簡単に撮れます…ビデオ・カメラとの関係上、撮影時間制限がありますが…

そして、携帯電話・スマートフォン(スマホ)にデジカメが備わると共に、その機動性は極限まで発揮され、カメラで写真を撮ることが日常化されてきました。

イーストマン・コダック社が1975年にCCDイメージセンサーを使用した電子カメラを発明し、製造しましたが、一般向けではありませんでした。

富士写真フイルム(現・富士フィルム)は同じ時期にCCD技術開発に着手し、1988年に一般向けデジカメFUJIX DS-1Pの発表に漕ぎつけたのですが…残念ながら発売には至らず、世界で初めて店頭で販売されたデジカメは、Dycam社が1990年に発売したDycam Model 1なんだそうです。

それから数年後の1993年に富士写真フィルムは、電源がなくても記録保持ができるフラッシュメモリを世界で初めて採用したFUJIX DS-200Fを発売しました。
(DS200Fの価格は分かりませんが、1995年に発売された次期モデルDS-220の定価は148,000円でしたので、価格としても高級カメラだったのでしょう)

しかし、デジカメを広く一般に認知させた功労者はカシオであると言われます。
その立役者だった1995年に発売されたカシオのQV-10は、96枚の撮影可能枚数と65,000円という高すぎない価格によって、デジカメの存在と利便性を広く社会に知らしめたのだそうです。

それからというもの、携帯電話・スマートフォンに組み込んだカメラの世界では、周知の通り、急速に業界もユーザーも大きく変わってゆきました。
既存のカメラ・メーカーが満たすことの出来なかった広大な世界へデジカメ自体が独りで歩き出してしまったわけです。

世界の携帯電話市場の40%程度を占めていたことのあるフィンランドのノキアが、世界最大のカメラ・メーカーはノキアであるともいえると言っていたことがあります…2007年か8年頃だったと思います。

携帯電話とスマートフォンが、潜在的に眠っていたカメラの巨大需要、つまり、カメラ・メーカーたちが満たすことの出来なかった、カメラが常に手元にあり、日常的に何処でも気軽に写真を撮って残したり、見せ合ったりする趣味を掘り起こしたのです。

今になっても、カメラ・メーカーたちは、スマホよりも奇麗に撮れるカメラという謳い文句を使いたがるようですので、何が起きているのか、彼らは未だに分かってないのかもと、ちょっと心配になったりします(^-^;


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