ウィキペディアへの寄付

鉢植えされたヒメウツギ

皆さんご存知のフリー百科事典と言われる「ウィキペディア」には良くお世話になります。
直ぐに知る必要のある事項を調べたり、知っているつもりの事柄の再確認に利用させて頂いております。

「ウィキペディア」は、免責事項で守られており、コンテンツとして提供する全ての文章、画像、音声情報でさえ、それらの内容の合法性・正確性・安全性等、あらゆる点において保証しておりません。

ですから、自分が全く知らない事柄をウィキペディアで調べて分かったつもりが、その内容に間違いがあったということもあり得るということですね(>_<)

それでは心配で利用できないとも思いますが、一つ一つの項目の編集は、何人もの編集者たちの目が通され、間違いがあれば訂正されてゆくという共同作業で行われているそうですので、必要とされるレベルの信頼は得られていると思います…尤も、私が保証したとしても全く意味をなしませんが(^-^;

ウィキペディアのロゴ…ジグソーパズルのように組み立てられた球体の上部が未完成

ウイキペディアの内容は、10年前に比べて、大幅に向上してきているように見えます。
多言語で編集されておりますので、他の言語では、あるいは、現地語ではどう書いてあるかもチェックできます…まあ、全ての言語ではありませんので、限界はあります。

まあ、そんなこんなでウィキペディアには長年お世話になっているのですが、昨年から寄付の依頼がたまに入るようになり、昨年、寄付をさせて頂いたのです…まあ、少額ですがね。

そうしましたら、今年の寄付の依頼が今月になって一週間に一二度入るようになりました…最低額は1ドルですね。

昨年は、数年分寄付したつもりでおりましたので、今年はイイやと思って、放って置きました。
暫くして、これが最後のお願いですというメールが入り、はは、先方もこれで諦めるだろうと思っていたのです。

ところが、今日、これが本当に最後のお願いですという意味のメールが入り、根負けした感じで、少額の寄付に応じてしまったという次第です(^-^;

ウィキペディアの運営は、全て寄付で賄われているそうですので、あまり大きなスポンサーに頼り過ぎたくもないのでしょうから、気が向いたら寄付をするということも良いのではと思っております。

Art=芸術? それが本当なら、芸術とは?

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水芭蕉


芸術とは


芸術とは一体どういうものなんだろうと考えることもありますよね。
まあ、芸術は文化の範疇にはいるのでしょうが…

分からないながらも、芸術の分野に関して私が考えたことのある時代は、多分、高校生の頃だったと思います。
何分にも、何方かの受け売りのような側面が多々あるのですが、何とか自分なりの視点から捉えようとしたものです。

まず考えますことは、芸術を定義・規定しようとする場合に、芸術家と言われる方々が行うことが妥当なのかということです…私は、その妥当性に疑問を持ちます。
何故なら、定義・規定は学問の分野ですが、芸術=学問とは思えないからです。

大体にして、芸術家は、そんな定義・規定を考えながら創作活動をしておられるわけでもないでしょうね。


辞書による定義


国語辞典による芸術の定義は、
「特定の材料・様式などによって美を追求・表現しようとする人間の活動。および、その所産」
とあります。

Merriam-Websterによりますと、“art”で一番最初に使われた意味は
「skill acquired by experience, study, or observation」
(経験、研究/勉強、あるいは、観察によって習得された技術)
とあります。

使われ始めた古い順番に意味を掲載しているMerriam-Websterで、日本で言う芸術らしき意味は4番目に出てきてますね。
「the conscious use of skill and creative imagination especially in the production of aesthetic objects」
(特に、美的物体の制作において、技術と創造的な想像力を意識的に使用すること)

勿論、芸術の定義に英語が妥当なのかという面もありますが…それは置いときまして…
英語の定義には、何かを表現する技術という面が強そうです。

日英両定義の重要な要素として「美」という言葉が出てきますね。
それでは「美」とは何ぞやを明確にしませんと、先に進めなくなります…


芸術には心地良さが必要か


「美」を同様に辞書で調べますと、日英両定義に共通する要素として「心地良さ」があります。

それでは、「心地良さ」がなければ芸術とは言えないのでしょうか?
ノルウェーの画家であるムンクの「叫び」は、いわゆる、芸術ではないのでしょうか…心地良さとは掛け離れた作品だと思うのですが…

ムンクの叫び

芸術は創造的な表現力に依存する個の精神的な発露であり、「美」とか「心地良さ」とか、あるいは、社会的価値観さえも超越しているものだと私は思うのです。

辞書の定義からは外れますが、芸術と言われる現実に目を向けますと、そのように考えざるを得ません。


芸術を最大公約数的に捉えると


芸術を最大公約数的に捉えるなら、高度な表現力でもって人に感銘を与える創作活動であり、かつ、作品だと言えるのではと私は考えております。


創造的な想像力


創造的な想像力に関しましては、芸術家には秀でたものがあると思いますが、芸術家ではない人々の中にも、そのような想像力に長けた、あるいは、芸術家以上に想像力に優れた方々もおられると思います。

そのような人々と芸術家の違いは、表現する技術を持っているかいないかの点にすぎないのではないでしょうか。


芸術の基本要素


そのように考えますと、芸術の基本要素は、技術(表現力)にあると思うのです。
つまり、“art”の原義に戻ってしまいましたね(^-^;


【ご参考】 美と醜について

ブログの終局の迎え方

BLOGのロゴとBlogger vs Word Press.com


私のブログは、気の向くままに、気ままな内容を書き残してきた、虫食いだらけで連続性なのいものです…
それでも、このまま書き続けていって、いつかは終局に至ってしまいます。

終局を迎えたブログは、皆さん、どうなさるんでしょうね…
自然消滅にしてしまうのでしょうか…

印刷物ではありませんので、遺体と一緒に焼却してもらうということもできませんですよね(^-^;

「立つ鳥跡を濁さず」と「虎は死して皮を留め、」とう諺がありますが、どう考えましても、私のブログの場合は、残される方が困ってしまいますので、「 立つ鳥跡を濁さず」 の方針で終えるしかありませんね(^-^;


今まで2つのブログを、バックアップのように、維持してきていますが、何れは、1つにしなければと思っています…どちらかを選ぶことになるのですが、多分、Bloggerになると思います。

その理由は;

  • Bloggerの方が海外からのアクセス数が、時々日本からのアクセス数を大きく上回る程に、WordPress.comよりもかなり多く、興味の対象も私に合っているように感じていることと、
  • 独自ドメインを維持する費用はBloggerの方が低く、また、無料の画像保存容量は、ほぼ無制限だからです。

私にとっての難点は;

  • 中国からBloggerにアクセスする場合には、VPNが必要とされることですね…
    まあ、それも、時代と共に変わってゆくことでしょう。

SSDは長期間のデータ保存用には使えない!?

蓮池に咲く蓮の花

数年前に、モバイルとノートパソコンのHDDに問題が発生して、両方ともSSDに換装しました。
【ご参考】
システムイメージは同じ容量以上のディスクでなければコピー出来ない

SSDを選んだ理由は、第一に、衝撃に対して強いという点です。
第二は、フラッシュメモリー(舛岡富士雄氏が東芝在籍時に発明なさったそうです)なので速いという利点ですね…まあ、良く知らなかったが故の思い込みでしたが…

サンディスクのSSD

SSDの問題点は、値段が高いということと、書込み回数に限界があることでした…まあ、一般的に言われてきたことではあります。

しかし、普及と共に値段もこなれてきているようです。
また、技術も日進月歩ですので、書込み回数の限界も、個人の実用上では全く問題にならない程の回数になってきているそうです。

私の日本の自宅には、自作したデスクトップ(Win XP)が放置されております。
多分、8年以上も電源を入れておりません。

前回一時帰国した際に、システム・エンジニアである義理の息子に、その話題を出したのです…そのうちに動かしてみようとは思ってるんだけど、動くかなあ~…

HDDですか…うん、そうだけど(3つか4つのHDDが入ってます)…それなら動くんじゃないですか、と彼は言います。

彼は続けて、SSDだったら、ダメだったでしょうねと言いますので…エッ、どうして!?と、ちょっと驚きました…何しろ、2つのパソコンをSSDに換装してますので…

彼が言うには、SSDは長期間通電しないで置くと、保存していたデータが消えてしまうんだそうです…場合によっては、1~2年で、ご破算で願いましてはになるんだそうです…もっと短い期間のケースもあるのかもしれませんが…

ですから、長期保存用にはHDDを使用すると彼は言います。

私も色々と調べる方だとは思うのですが、そんなこと、全く知りませんでした(>_<)

ついでに彼は教えてくれたのですが…
SSDは読み込みは確かに速いが、書込みはそうでもなく、むしろ、HDDよりも遅いぐらいなのだそうです。

ですから、デスクトップは、SSDはOS用にして、保存データ用はHDDにするのがベターなんですね。

上海COCO壱番での納豆カレー

新しいビルに入ったCOCO壱番の入り口

弊社が入っているビルの隣に建った新しいビルの地下にあります、カレーのCOCO壱番です…ガラス張りでスッキリ感のあるお店です。

実は、上海のCOCOでカレーを食べますと、お腹を壊すケースがよくありますので、自分としては行きたいという気持ちにはなれないんです(-_-;)

それでも、同僚の中国人がCOCOのカレーが好きなものですから、たまに付き合います(^-^;

今日のお昼に、その同僚が、新しいCOCOが出来たのを知ってますか?…なかなか感じのイイお店ですよ…などと、誘惑気味な言い方をしてきましたので、付き合ってやることにしました。

テーブルに座ってメニューを見たんですが、目に入った全品が高いのでビックリです。
一番安いホウレンソウ・カレー(本当にホウレンソウだけ)が30元(約480元)です…上海での昼食としては、この程度の内容では高すぎですね(-_-;)

肉が入ってますと、40~50元(約640~800円)以上もします…夕食費レベルですよ (>_<)

まあ、入った以上は、そんなことを考えていても始まりませんので、いっそのこと、食べたことない手頃な値段のものをということで選んだのが33元の納豆カレーです。

お皿に盛られた納豆カレー

納豆もカレーも、基本的には大好きなのですが…
自己主張の強い全く異なったものを混ぜますと、一般的には、良い結果にはならないのが相場のような気もします。

味付けをチョットだけ余分に辛めにしてもらい、出て来たのが上の写真の納豆カレーです。

見栄えは、これ以上取り繕うこともできないのでしょうが、ご飯の上に納豆をのせて、その上にカレーを掛けただけです…それ以外には何も入ってません。

スプーンを手にし、徐に納豆の部分を開いてみますと、納豆のねばりが現れました。
う~ん、本当に納豆なんだと納得しながら、小さな塊をすくい上げて口に入れますと、納豆の臭いと味がカレー味に押されて、食べやすくなっていることに気付きます。

それでも、軽くても納豆の臭いは残ってますので、納豆が好きという方でないと食べれませんでしょうね。

まあ、私は、こんなカレーもあるんだという新たな経験を得た満足感でもって、最後まで食べれたという感じですね。

私としては、一度の経験で充分という印象でしょうか(^-^;

Windows 10 バージョン1803から1809へ

Windows10のロゴ


現在のバージョン1803のサポートは11月で終了します…新しいWindwsをインストールして下さい、という意味のポップアップが現れ、指示に従って再起動したのですが…

再起動が始まり、画面に小さなウインドウ画像と、その下に、回転しているように見える小さな白点のリングが現れたのですが、数十分経っても変化がありません…先に進まないのです(>_<)

スマホを使って、1809への更新問題を調べたのですが、手間が掛かってウンザリさせられるような対策が書かれています(-_-;)

再起動の前には全てのアプリを閉じましたので…う~ん、原因らしきものが推定できず、困ったなあと思っていたのですが、ふと、挿しっぱなしにしているSDカードに気付き、それを抜くために電源ボタンを長押ししてシャットダウンし、SDカードを抜きとりました。

(更新中にPCをシャットダウンすることは御法度と言われますが、ハング状態になった場合は問題ありません…自動で修復される筈です)

そして、電源を入れて立ち上げてみますと、今度はスムーズに更新中の画面まで進み、その後、問題なくバージョン1809にアップされました。

1809にバージョンアップしたら、電源を入れてWindowsが立ち上がるまでの時間が酷く長くなったというコメントもありましたので、チェックしてみたのですが、若干、速くなったかもしれませんが、遅くなったとは感じませんので、私の場合は問題なさそうですね(^-^)

コメダ珈琲店の一つが短命でしたね

古北地区にありますAPITAが入っているビル内にあったコメダ珈琲店が、いつの間にか、名前が変わっていましたね。

コメダ珈琲店に替わった店

お店の中のレイアウトは変わってないようですので、お金を掛けずに、そのまま使っているんでしょうね…中味はレストランのように見えますが、聞いたことがない名前です。

テーブルの数が少なすぎるという印象を受けてましたので、長居する客も多くて商売にならなかったんでしょう。


【ご参考】コメダ珈琲店-古北に開店

上海高島屋が閉店します

夜に伊犁站から撮った上海高島屋のネオンサイン

閉店は毎日しますが、今回の上海高島屋のお知らせは、翌日に開店することのない閉店です。
8月25日までは営業を続けるそうです。

私は、デパート自体には、それ程お世話になっておりませんが、上海高島屋が作り出した地下街や上層階のレストラン街、および、周囲の雰囲気には慣れ親しんでまいりました。

屋外の広場では祭りなどのイベントが催されたりして、一つの特色ある雰囲気の場を提供しておりますので、なくなると淋しさを感じてしまうでしょうねぇ~…
【ご参考】上海高島屋―夏日祭‘18

営業終了のお知らせ…中国語、日本語と英語の3版

お知らせの中に、色々と社内弁明のような閉店理由が書かれておりますが、要するに、買物客が来な過ぎたということですね。

お知らせの日本語版の拡大

上海高島屋地下一階のスーパー

地下街は、スーパーがあり、惣菜店、ステーキ店、手頃な値段の和食店やカレー屋、ラーメン屋、洋菓子店などや薬局、お茶屋、そして特売店などなどの様々なお店が軒を並べ、パンのドンクもあり、ある程度の賑わいを感じさせております…便利な地下街といった感じです。

上海高島屋店内…お客は疎ら

しかし、デパート本体の各階は人が疎らで、これではやってゆけないだろうなあ~という印象を受けておりました。
上海のローカルの百貨店とは格が違うような雰囲気を醸し出してはいるのですが…デパートにしては品数が少なすぎましたね。

直ぐ傍に、大きなオフィスビルも出来ましたので、客足は減らないとは思うのですが…地下街はどうなるんでしょうねぇ…お店の人に聞いても、今は分からないと言うだけでした。

マレーシアが始めた有名な百盛百貨店は、だいぶ前に中国資本に買い取られましたが、上海高島屋もそうなるのでしょうかねぇ~…
それでも、現在の憩いの場が消滅してしまうよりは良いのかもしれませんね…まあ、雰囲気が変わらなければという条件付きではありますが…

完全にも思える保護色

Tags
ピンクの小さな野花一輪

イナゴの子供…保護色なので、動かないと見つけられない

子供のイナゴ


下の写真二枚は、ちょっとだけ角度を変えて撮った子供のイナゴです…と思います。
草むらの中に入らなければ、見つけることは不可能と思われるくらいの保護色ですね。

草花を撮ろうと思い、草むらに入りましたところ、何匹か飛び跳ねましたので、彼らに気付いたというわけです。

自然界の不思議ですね…

選挙が来ると、投票することに虚しさを覚えます

選挙の立候補者のイラスト

選挙の虚しさ


間もなく選挙です…参院選ですね。

選挙が来るたびに思うのですが、
政権を獲ろうとする強い意識を具体的な政策や戦略に表してこない政党や候補者に投票することに虚しさを感じてしまいます(-_-;)

そのような野党の議員たちには虚脱感というものがないのでしょうかねぇ~…
尤も、それがあるなら、議員を辞めてしまうのでしょうが…

野党の場合は「鶏口となるも牛後となるなかれ」という諺は通用しませんよ!


野党議員の限界


政治・行政に関する資料・情報に接する範囲では、与党と野党とでは雲泥の差があると言われています…
要するに、野党の議員たちが「つんぼ桟敷」に置かれている要素が大変大きいということなのです。

野党の議員たちが得られる情報は、精々、新聞記者たちが得られるレベルと五十歩百歩ではないでしょうか。

これでは、政権与党に対抗可能な本格的な政策を野党が立案することには無理があるのではと思ってしまいます。

野党議員を長年続けていますと、そのような蚊帳の外の状態に慣れてしまい、その状態に疑念を抱くこともなく、ひたすら自分の置かれているポジションの維持にアクセクするだけになってしまいます。
そして、政権を奪取するという意識は、限りなく希薄なものとなってゆきます。
かつての社会党がそうでしたね…その実態が、細川連立内閣が成立した頃に暴露されていましたね。

野党議員を何年経験しよとうとも、政権与党での経験とは異なり、政策の立案に具体的に直接関与する経験とはなりませんので、政権の座に就いて実務を行うための経験とはなり得ません。
野党での地位に、ひたすらしがみ付く処世術に長けてくるだけです。

なんと言われようとも、それが実態であり、いわゆる、不都合な現実なのです。


それならば、どうすべきか…


それは、政権を獲る戦術を構築し、そして、それをガムシャラに実行することです。

そうでなければ、野党の存在価値は、政権与党への国民の憤懣を和らげるだけのものに堕してしまいます。


いや、そうではない?


それでも、いや、そうではないと仰る方々の方が圧倒的に多いのではと思われます。

民主国家における野党には、政権与党を監視・批判・是正し、その実態を国民に知らしめるという大きな存在価値があると主張なさるのだと思われます。

勿論、形式上では、その通りで、それに対する異論はありません。

ただ、しかし、その野党の存在価値としての役割さえも、実際に機能しているのか…甚だ疑問です。


中国とは違う!?


近年では、短期的な政権交代が2回程ありましたが、実質的に自民党政権が長年続いております。
これは、主だった国々では殆ど見られない状況です…たとえ、二大政党の弊害と言われても、政権交代は特別なことではありません。

この日本の政権与党をみますと、一党独裁と言われる中国と似たようなものと言われかねませんね。

いや、全く似てはいない…日本には曲がりなりにも野党が幾つもある…と仰りたいんでしょうか…

ところが、中国にも、共産党以外の政党が8つもあるそうです。
つまり、中国にも野党が8つもあるのです…

中国の野党は機能していないと仰るんですか!?…そうかもしれませんね。
それでは、日本の野党の方は機能していると言えるのでしょうか?

それでも、日本は民主国家で、中国はそうではないと仰りたいお気持ちは分かります…

しかし、日本は本当に民主国家なのかどうかの議論はさておきましても、政党と政権の関係のお話をしておりますので、政権を獲った政党がどのような国家体制を築くのかということとは、実は、関係のはないお話なのです。

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コメントのロゴ


現在のテーマで、コメント投稿が出来ないことが分かり、焦って試行錯誤を繰り返しておりました…

別のテーマで気に入ったものを見つけて、そのテーマに替えてみましたら、コメント機能は正常でしたので、それにしようと思ったのですが…
そのテーマはレスポンシブではあるのですが、しかし、スマホで見ますと、掲載された写真が細長く伸ばされてしまうのです…これでは使えません(-_-;)

ところが、コメントの設定を「埋め込み」ではなく、「ポップアップウィンドウ」にしたら機能するようになったということを書いている某サイト(お礼済み)に出会ったのです…そして、その通りにしましたところ、コメントが機能するようになりました(^O^)/

そのメカニズムは分かりませんが、これで一安心です…(^-^)