民主主義という正義の名の下の文明の破壊

2018年1月28日日曜日

意見 国際関係 自然 歴史・文化

家屋の崩壊

正義という名の下に、

他の人間社会の生活環境を破壊するってのは、何か中世の宗教による征服とイメージがダブるんですけど… 変ですかね?

もっと生活しやすい環境をつくってやったから、こっちに住めって言われて、はいそうですかってんで、喜んで新しい生活を始めちゃうものなんでしょうか?

その人々が営々と送ってきた社会生活の歴史のなかで培(つちか)ってきた多くのものを、捨てですよ。
良く分かりませんが…

これからも頑張って生活してゆくぞ!
っていう気持ちが維持されるんですかね?

どうして異文化の社会の人々を、そっと見守ってやれないのかなあ、と私は思ってしまうのです。

「そう思うのは、おまえの勝手だけど、重い病気の子供を抱えた親が、その子の病気が治せる環境があるんなら、他のことは捨てても、そっちに行ってしまうだろう」
「う~ん、そうなんだよなあ」

白人社会の正義

でも、強い支配力を持つ白人社会は正義という名の下に他の地域社会を征服してきたと思いません?

どうして、米国がイラク攻撃を決断する際に誰もまともなことを言えなかったのだろうか?

まあ、言えなくとも不思議ではないかもしれません。
だって、高い文明社会の人々は当時のイラクで生活したいとは思わなかったんでしょうから…

しかし、他の地域社会の文明に関しては、
ホウッテオケ!!
ということを敢えて言いたいですねえ。

学ぶチャンスを与えることはあっても、大多数の住民の要望でもない限り、それを他の社会の手で変えようとしてはいけないと思うんです。

各地域社会は自助努力で諸問題を解決してゆかなければ、本当の意味での自立はありえない、な~んてね、考えるわけですよ。

はたから見れば、馬鹿なことをやっている、悲惨だ、酷すぎると思っても、放っておくことが大事なんではないでしょうか。
時間が掛かるだろうが、自助努力で変わってゆく筈だと信じてあげるわけです。

それが自然な歴史の流れだと思うんです…

でも、まあ、これは東洋的な考え方で、西洋の考え方とは異なると言われます。

確かに、地球規模で見ると、
西洋の対立思考と征服欲は東洋より際立って強いですが、問題は、その中心に存在する宗教というものが見えてくることですね。

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