精神的に統率されている集団は排他的になりやすい

2017年12月20日水曜日

社会問題 人権 歴史・文化

屋内で人々が手を掲げて歓喜している
熱狂

神父や尼僧が神のご加護を祈る対象は、お金をくれた(寄付などした)人が主なんでしょうね…

それは偏見かもしれませんが、そう思えてしまう場面を目にすることが少なからずあります。

宗教だけではありませんが、多くの人間が精神的に統率されている集団は、どうしても排他的になりやすいのではないでしょうか…
何故って、歴史を紐解かなくとも、ご自分の身の回りで困った経験がおありになると思うのですが…

どうして排他的かと言いますと、集団/組織内部で「根本的な疑問・疑念」を発生させないためですね。

特に若い時って、日常生活に困らないことでもよく悩みます。
何故なら、
まだ価値観が定まっていませんので、色んな疑問・疑念が生じて…
精神的葛藤のような状況に陥りやすいんです。

例えば、信仰は、そんな疑問・疑念を払拭してくれますので、悩む必要がなくなるんだと思います。

昔でいえば、ちょっと前頭葉に傷をつけるってことでしょうか…

【ご興味があるかも…】
★ 異なる宗教が対等に共存できる!?

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