儒教には利用価値がある

2017年8月5日土曜日

教育 政治 中国 歴史・文化

青空と雲の下で「見ざる言わざる聞かざる」サルが木のベンチに座っている
見ざる言わざる聞かざる

とにかく、上海に住んでいる裕福な人たち…親の資産で住居を買い、車を持ち、あくせく働かなくても生活に困らない人々…
そのような人々は、上海の街を大変誇っているようです。

彼らに上海の悪口を少しでも言おうものなら、強烈な反撃に合います(^^;)

日本の裕福な人たちはどうでしょうか。
東京の悪口を外国人に言われたら、過激に反論するでしょうか。

日本を非難する外国人に対して寛容を示す日本人が多い…そういう面もあるね、と同意する人が多いのではと思います。

外国の街に2~3年住んでみる、あるいは、良く知るようになってみると、色んなことが鼻についてきます…

それらに対して、日本人は許せないと感じ続け、中国人は、仕方がないと、有りの儘を受け入れるという基本的な傾向の違いがあるのではと思ったりもします…

しかし、その思いは間違っていますよね…

本題になりますが…

現代の中国の若い世代にも、儒教の教えは色濃く反映されています。
特に、大都会以外の地方の人たちには、その傾向が強いと思います。

意図的に排除しようとされた儒教が、再度、利用されようとしているようです。
体制が固まった後では、儒教も大変利用価値のある存在となります。

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