国家における配分機能の重要性

久し振りに朝日新聞を読みました…
新年の朝日新聞にグローバリズム(正確なタイトルは忘れました)に関する特集記事が載ってましたが、相も変わらずレベルが低すぎるという印象でした。

何故って、国家とは何かを規定(朝日独自のものでもいいのですが…)せずに、国家あるいは国に対して何かをも求めることが是か非かのような展開をすることはナンセンスです。

つまり、国家とは何かを規定せずにグローバリズムを公器として論じることに意味があるとは思えません。

国家とは何かを国語辞書を引いても良く分からない…
いや、良く分かると言う方もおられるでしょうが…
良く分からないというのが一般的な感想ではないでしょうか。

あるいは、国家とは自明のものだと思っている人々もおられるかもしれません…

国家の原理はヤクザの原理と五十歩百歩だと思いますが、大きな違いの一つには「配分」という機能が国家にはあることだと思います。

現代においては、この機能の重要性が相当高まってきていると考えます。

かての総理大臣が「受益者負担」を強調した時代がありました。
これも「配分」機能に含まれる基本的な考え方だと思います。

莫大な税金を使って構築されたインフラを大きく利用して利益を上げる企業がより大きな税金を納めることは、正に、受益者負担の原則に合致します…

労働力をインフラの一部と見做しますと、その理論は益々妥当性を高めます。

国家が作り出すパイ(富)を国民に対して、どのように配分するかが、国家の、あるいは、政治の大きな役目になります。

この機能が真面に働きませんと、弱肉強食の自然界と変わらなくなる…
つまり、国家が崩壊してしまうことになります。


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