上海の天気予報

上海の今日の予報は「みぞれ」です。
雨と雪の予報ですが、10時25分現在は晴れています。

日本の天気予報では、
今日の上海は晴れで、明日は「晴れ時々雪」の予報となっています。

どちらが正しいかというよりは、
自分にとって都合の良い予報が当たることを願ってしまいます。

洗濯物が沢山ありますので、
せめて今日だけは、このまま「晴れ」であって欲しいですね。

ところで、上海の天気予報は一日の中で何回も変わります。
これも中国人たちが「天気予報は信じていない」と言う原因の一つとなっているようです。

オイオイ、天気予報(?)では今現在「雨」となっているけど、雨など降ってないし、降りそうでもないじゃないか、と中国人の社員に言いますと、上海のどっかで雨が降ってるんでしょう、という返事が返ってきます。

英語と日本語の橋渡し

日本語⇔英語

私の低い英語のレベルでも英語に接していますと、如何に日本語を知らないか、充分に理解していない日本語の語句が如何に多いかに気づかされて唖然としてしまいます。

日本人で英語の学者・研究者としての仕事をなさっておられる方々は少なくありませんが、その中で、英語と日本語の橋渡しをなさったおられる方々は、英語と日本語の両方に造詣が深くならなければならず、大変だなあ~と思っています。

しかし、英米人で英語の学者がおり、日本人で日本語の学者がおられるわけですので、英語と日本語の橋渡しをしておられる学者たちには、自ずと限界がかなり手前にあるような気もします。

実際に、彼らは、
その限界をどのようにして克服しているんでしょうか…?

それとも、彼らの仕事は両者の成果を繋ぎ合わせることだけなので、英語辞書と国語辞書があれば事足りるんでしょうか!?

裁判はアプリソフトで行うべし

だいぶ以前から思ってはいることなのですが、他人の話と証拠物件だけで、自分自信で具体的に精査することもなしに、個人や集団の将来を左右する判決を下す裁判官に対して、
ようやるなあ~、普通の神経の持ち主ならとても出来ることじゃないと思ってしまいます。

もし、他人の話や証拠物件が捏造されたものであったり、単なる勘違いであったりした情報に基づいて死刑判決を下す可能性を考えたら、普通は耐えられんでしょうね。

しかし、裁判官は職業として、人間業とは思えないそれを行っているわけです。

まあ、そうは言いましても、誰かが行わなければならない仕事でもあります。
それならいっそのこと、
裁判の判決はアプリケーション・ソフトに任せれば良いと思うのですが…

どうせ裁判官たちは
自分たちが納得できるまで自分たちで調査するわけでもなく、他人が提示した情報(データ)に基づき、法に則った過程を辿ってゆき、そこには裁判官の恣意的な判断が入る余地もなく、判決に至るわけです。

ですから、判例(蓄積されたデータ)も豊富なのでプログラミングとしては簡単な部類に入るのではないでしょうか。

裁判官たちは大変忙しくて、
とても正式な裁判過程を辿る余裕がなく、訴訟のおおよそ80%が調停という形式で終わってしまうという状況に鑑みますと、裁判はアプリケーション・ソフトで行ってしまうという方法が適切だと思うのですが…

しかし、実際には、そうはなりそうにありません。

何故なら、裁判所自体は、検察庁と同様に、既得権者層を守る機関の一つですので、そこには恣意的な判断が入り込む余地が必要とされてくるのですから、裁判過程に全く意図的な操作が入り込めないような機械的なプログラムでは困ってしまうわけです。

上海の厳寒

先日の日曜日は道行く人の数もめっきり少なく、外に出たことを後悔するような、慣れてない人にとっては凍え死にそうとさえ感じさせるような寒さでした。

今日は、ここ数日の厳寒が過ぎ去りつつあるように感じさせる日和です。
まるで厳寒という台風が過ぎ去った後かのように、今日の上海の空は晴れ上がっています。

台風の傷跡のように、水道が凍ってしまい水が使えないという家庭も多いようです。
地域協力隊のような支援組織が水が使えなくなってしまった家庭に水を供給しているそうですが、それにしましても、トイレやシャワーなど何やかにやで大変困った状況だと思われます。

私の知人が、昨夜、仕事から自宅に帰ってみたら、部屋中が水浸しだったと言っていました。
多分、水道管内の水が凍って水道管に亀裂が入って水が漏れだしたのでしょう。

それでも、ポイント故障などで電車の運行が停止されたという話は聞いていませんので、厳寒の影響を受けそうな交通機関の話題はありませんでしたね。

今週の後半からは、普通の冬に戻りそうです・・・

上海の天気

寒波に襲われ、昨夜は雪が降った上海も好天の朝を迎えました。

風は結構強いです。

上海の今日の最高気温予報は、こんなに好天でも、0℃です・・・
一時間程前の予報では、マイナス1度Cだったのですが・・・
上海の天気予報は刻一刻と変わってゆきます。

まあ、しかし、これで、沢山ぶら下げてある洗濯物も乾くことでしょう・・・
助かります。

日本製品のアフターサービス ー上海

日経オンラインの記事で、
ハイアール(中国の最大手家電メーカー)とチャイナテレコム(中国電信=NTTのような存在)のアフターサービスがとても良く、日本メーカーのアフターサービスは、他の中国メーカーと同じように悪いと書かれていました。

上海での私の体験談です。

私はハイアールのアフターサービス経験はありませんが、チャイナテレコムのアフターサービスを受けた経験は何度かあります。

確かに、対応は良いですよね・・・上海では最良の部類に入るのかもしれません。
但し、申し込み窓口で1~2時間も待たされることがありますので、それには閉口させられますが・・・

その記事の面白い見方に、
日本製品は壊れず故障しないからアフターサービスが徹底されていないということがありました。

そうなのかもしれませんが、
日本の家電メーカーもアフターサービスの重要性は十分に認識していた筈ですので、途中からおざなりになってきたのかもしれません。

要するに、儲からなくなってきたことと、日本の家電メーカー自体が疲弊してしまったということが原因ではと思ったりしています。

私が持ち歩いています台湾ASUS製のモバイル・パソコンが壊れて、上海にあるASUS直営のサービス窓口に持ち込んだことがありますが、対応が良く、数日で直してくれました。

ASUS製品を売っている店のサービス窓口ではこうは行きません。
しかも、割り増し修理費用を要求されたりします。
また、中身がどう変わっているのかなど・・・
ある時は、何故か、ドライブCの容量が30GBまで小さくされていました・・・
心配の種は尽きません。

事務所で使用している上海で購入した東芝パソコンが故障したことが数回あります。
上海の東芝直営サービス店に持ち込み、修理を依頼したところ、マザーボードが壊れているので交換が必要だと言われました。
新品を買ってから3年程度しか経っておらず、なんでマザーボードがと思ってしまいましたが・・・
それよりも、マザーボード交換に2週間も掛かってしまったのです。

それから数か月経ってから、
マザーボードを交換したパソコンの音が出なくなったのです。
同様に修理に持ち込んだなら、また、マザーボードが原因だと言われ、修理金額もさることながら、数週間も預けておくこと自体が問題なので、音がでなくともいいやってことになり、持ち帰った次第です。

ところが、そのパソコンをWondows10にバージョンアップしたら、なんと!? 音が出るようになったではありませんか。

マザーボードを再度交換する必要がある原因で音がでなくなったんではなかったのです。

このように、日本メーカーのアフターサービスは良いと言われた時代は終わっているのでしょう。
それだけ、日本の家電メーカーはやる気をなくしているようです。

上海を厳寒が襲う!

上海は今週から来週にかけて何十年振りかの厳寒に襲われるようです。

日本の気象庁予報では、24日(日)と25日(月)はマイナス11℃とマイナス1℃の最低最高気温です。

上海に住み始めた頃にマイナス4℃という冬の経験がありますが、そのマイナス数字の桁が違う寒さが襲って来るようですので・・・
寒さ対策が心許ない住処ではゾッとしてしまいます。

因みに、上海での予報では、マイナス10℃となっているようです。

どっちが正しいのか分かりませんが、どっちにしても、二ケタのマイナスですから、社員と、死なないようにしようねと真顔で言い合っています。


【ご参考】
★ 上海の厳寒

上海の電気代

今日(月曜日)は自宅で仕事です。

事務所が入っているビルが断水になってしまって、いつ直るのか判らない状態だからです。

これではトイレに困ってしまうということで、社員たちを自宅に返すことにしました。

道路を隔てたビルの中にトイレはあるのですが、多分、周囲の人たちが考えることも一緒なので、トイレに行ったけど長い順番待ちで入れなかったという現象も心配したわけです。

管理事務所の話では、水槽が壊れたそうです。

築10年も経っていないビルなのですが、昨年も似たような断水がありました。

その時には、修理が終わる時間が分かりましたが、今回は、不明ということですので、本当に給水タンクが壊れてしまったのかもしれません。

自宅での仕事自体には問題はないのですが、ちょっと困ることがあります。

それは電気代が嵩むことです・・・
まあ、ミミッチイお話ではありますが・・・
日中の暖房用電気代が バカにならないのです。
最近の寒さでは、さすがに、暖房しませんと手が悴んできます。

因みに、上海の電気代は、日中0.617元/Kw時で、夜間0.307元/Kw時です。

先月は218.9元(約4,200円弱)でしたから、暖房を使わない月の2倍以上です。

エッ、高くないと仰るんですか!? 
う~ん、部屋代の4%程度になることを考えると、やっぱり高いですよ・・・

英英辞書ー携帯用

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携帯用と言いましても、携帯電話-スマートフォン用ではありません。
書籍です。

Webster's New World Dictionary

英英辞書を持ち歩くことは基本的にしなかったのですが、ここ数年前から持ち歩いています。

喫茶店に入って本を読む機会が増えたということです・・・とは言いましても、毎日喫茶店に立ち寄るということはありませんので、ただ持ち歩いているだけという日が圧倒的に多いのですが・・・

上海の洋書コーナーがある書店で、たまたま出くわした辞書がペーパーバックのWebster's New World Dictionaryというものです。

収録語彙数が6万を超えると謳われています。
特殊なものでも読むのでなければ、全く問題がない語彙数ですよね。

その売り場にあった他の辞書と比較して、相対的に気に入った辞書です。

値段も手頃で、35元でした。
上海での本の値段は、書店によって異なりますので、他の書店では40元とか45元で売られていたりします。

それで、使い心地はどうかと言いますと、悪くないですね。

このような小型辞書には詳細な説明を期待すること自体に無理がありますので、単語を引いた際に、自分がイメージできる字義を連想(!?)させてくれればオンの字です。

このような小型辞書に対しては、ループに陥るような現象は皆無であって欲しいというような期待感は初めからありませんから、気になりません。

ループ現象に陥らない程の英語力がある方なら、辞書は単に記憶の確認とスペルチェックだけの用途でしょうから、むしろ、
字義の詳細な説明は不要でしょう・・・
そうなってみたいものです・・・
まあ、無理ですが。

問題は、買った後で雨が降ってきて、購入したばかりの辞書も濡れてしまい、不格好に膨れてしまったことです。

買い直そうかとも思ったのですが、ページをめくるのに全く問題がなく、文字が滲んでいるわけもありませんでしたから、不格好さだけを気にしなければと思い使い続けていました。

上海の本屋街と言われる福州路にある大きな洋書店「上海外文図書」にたまに足を運びます。
私が降りる駅は人民広場です。
人民広場の駅ビルの脇から福州路が伸びています。そこから10分程度歩きますとその洋書店に辿り着きます。

1階と2階の大き目のフロア一杯に洋書が並べられています。
洋書と言いましても、殆どが英語の本です。

2階には日本語教本のコーナーもありますが他の書店と比べますと、ちょっと小さ目かもしれませんね。

1階のコーナーには小さな喫茶店があり、アメリカン・コーヒーなら一杯23元で飲めますから、安いです・・・
上海ではというお話ですが・・・

先月、持ち歩ける類義語辞典が欲しくなり、その洋書店に見に行きました。

数種類の小型類義語辞典が置かれてはいるのですが、有名なRoget'sのThesaurusも、どうもしっくりきません。
諦めて帰りました。

その後、年末年始で帰国し、仕事で池袋に行きました際に、ジュング堂書店に行ってみました…大きな書店ですね。

目的は、持ち歩ける類義語辞典を見てみることです。

目的の類義語辞典は、上記の洋書店と変わらずで、無駄足かとも思ったのですが、ふと見上げると、上の棚に「Dictionary and Thesaurus」と表示されたペーパーバックの辞書があり、店員さんを呼んでフィルムカバーを取り外してもらって、内容を見てみました。

The Oxford Desk Dictionary and  Thesaurus

タイトルが「The Oxford Desk Dictionary and Thesaurus」という、ペーパーバックとしては、かなり分厚い辞書です。

まあ、諸々入れて15万を超える語彙ということですから、分厚くもなるでしょう。
文字も大変細かいですが、読みずらくとも読めないという程でもありません。

Third Editionとなっていますが、後で、アマゾン(?)のレビューを読んでましたら、口の悪い方が、装丁を変えただけで中身は変わっていないと書いてました。

そして、その中身はと言いますと、上記のWebster's New World Dictionary程には親切ではないという印象でした。

類義語の方は、一般的には同義語(?)を並べるだけで、たまに重要語をコラムを設けて、それなりに詳細に説明してあります。

しかし、まあ、便利だと感じました。

いわゆる、メイン・エントリーである各単語の定義の仕方の中には、好きではない・・・
しっくりこないものもありますが、この手の辞書に大型辞書のような定義説明を期待すること自体に無理がありますので、妥協するしかありません。

思うに、このような小型辞書には、初めから、同義語辞書の要素があるとも言えま・・・
だから困るとも言えるのですが・・・

ある日本語の大辞典には、完全な同義語はないと言えるという意味のことが書かれていました。

例えば、「仮定」と「想定」は同義語扱いになってますが、私は違和感を覚えてしまいます。

この辞書なら、
辞書を2册も持ち歩く必要もなく、どうせ同義語で意味の解らん単語は、この辞書で調べればいいことなので・・・
調べたから分かるいう訳でもありませんが、まあ、そういうことで、いいかと思いました。

それでも多少なりとも躊躇しましたことは、この辞書はペンギン・グループの出版社から発売されているということです。

実は、ペンギン出版社の辞書には良いイメージをもっていなかったのです。

しかし、それも昔々の印象なので、三日交えずば刮目して待つべしという言葉を自分に押し付けて、買うことにした次第です。

元々、このような辞書で、初めて出会った全ての言葉の意味を充分に理解しようとすること自体に無理があるのかもしれません。
それが可能なら、大型辞典は売れませんものね。

余談になりますが、昔々の辞典の編纂は、それはそれは大変な作業だったと思いますが、現代では、データベースを土台にして、ソフトを使ってよりスピーディーでより効率的に集作業を進めることが出来るのだろうと推測します。

しかも、辞典は過去の業績に積み重ねが出来ますので・・・勿論、見直しは必要ですが・・・
自然科学と同様に、向上速度は速い筈だと思うのですが・・・
相変わらず、やっつけ仕事のような内容を現在でも感じることがあるのは、私だけなのでしょうか・・・

英英辞書 - 徒然に

仕事で英語を使っていたり、英語で書かれたもの・・・
本でもニュースでもサイトでも・・・
読んでいると英英辞書も使いたくなったりします。
ただし、英語学習を目的とするお話ではありません。

どうして英英辞書が欲しくなるかと言いますと、理由は単純です。

日本語で書かれた本を読んでいて、分からない言葉に出会ったり、知っているようでいても、正確な意味や使い方に不安を感じた際には日本語の辞書を引きます・・・
まあ、それでも納得できないこともありますが・・・

英語で書かれた本を読んでいるなら、分からない言葉に出くわした時には、英語の辞書(英英辞書)で調べるのが妥当かなと思うわけです。

英和辞書もかなり向上してきているようですので、英和辞書だけで英文を読んでゆくということも、勿論、不便を感じないのかもしれません。

特に、日本と仕事をしている場合には、英語を使っても、それは日本語との橋渡しが必要となりますので、英英辞書では自ずと限界があります。

英英辞書で意味が分かっても、日本語に訳せないという笑えない現象が良くあります。

これは、自分がもつ日本語自体の知識が覚束ないという背景が引き起こす現象です。

そういうわけで、少なくとも仕事上では、英和辞書は必需品です。
日本語の勉強にもなります。

しかし、趣味や雑学のために英語で書かれたものを読んでる場合には、日本語に翻訳する必要があるわけでもありませんので、知らない言葉が出てきたら英英辞書で調べればいいだけです。

言葉の説明だけでは分からない単語もありますので、多少なりとも図や絵などのイラストが載っている辞書が便利です。

勿論、一般の辞書だけでは理解できない専門用語や特殊用語は、インターネットのサイトで詳しい説明をチェックします。
これは日本語の辞書でも同様です。

まあ、英英辞書を使っていますと、時間の浪費とも思われる程の煩わしさを感じたりします・・・
特に、ペーパーバックの小型辞書はそうです。

Aという単語を引くと、その定義にはBという単語が載っているだけで、そのBという単語の意味が分からず、Bを引くと、その定義にAという単語が書かれているだけ・・・
あるいは、Bという単語自体がその辞書には載っていない・・・

このように、辞書の体をなしていないじゃないか!
と腹が立つ場面に出くわすことも、たとえ15万語の収録を謳っているような辞書でもあります。

このような場合には、Bいう単語は、知らなくても困らない単語なのだろうと思うことにしています。

エッ、Aという単語の意味はどうするのかと仰るんですか!?
大丈夫です・・・自宅と事務所には、ロングマンとマクミランの大型辞書をそれぞれ置いていますので、後でそちらで調べます。

上記のような場面が発生しない小型辞書を探すということは、語彙がかなり少ない学習用の辞書ででもない限りは無理だと考える方が時間の無駄にならなそうですね・・・
語彙が少ないと、逆に、探す単語が見当たらないという現象に出くわすかもしれませんよね。

日本語の辞書でも同様ですが、ある単語の定義を別の単語だけで行うこと自体に無理がありそうです。
万が一、全く同じ字義(ニュアンスも含め)をもつ単語が複数あるならば、時代と共に一つの単語に収斂していた筈と思います。

それではどんな英英辞書が良いのかと考えますと、思った以上に、それぞれの辞書には個性があるようで、その中で自分に合った辞書を書店で内容を見て探すしかありませんよね・・・

書店には置いていない辞書もありますが・・・
それらは、アマゾンなどの通販サイトで調べてみて、レビューが載っている辞書を検討することになります。

辞書は色んなサイトで具体的に紹介されています。
大型辞書でも沢山の種類がありますが、英語がネイティブではない人達に勧められる辞書としては数点に収束しているような感じがします。

辞書は学習参考書ではないのですから、ネイティブだネイティブではないとかは関係ないような気もするのですがね。

例えば、非ネイティブの科学者が論文を書く際に、非ネイティブ用の辞書を頼りにしているんでしょうか!?
多分、それはないでしょう。

基本的に、言葉の定義や解説に比較的易しい英語が使われている物が、非ネイティブ用ということのようです・・・
まあ、分かり易いにこしたことはありませんが、そのために、定義が曖昧だという批判をされている辞書もあるようです。

自分に合った辞書を探すことが、つまり、自分が読み書きする際に役に立つ自分用の辞書を見つけることが最良のことだと思います・・・
当たり前だと仰るのであれば、勿論、仰る通りです。

ただ、敢えて経験上から推奨させて頂くとしますと、英語の類語辞典(同意語辞典で良いです)は、大いに活用なさるのがいいですね。

こればかりは、英和ではなく、英英にすることをお勧めします。
英和と英英ではニュアンスが異なる場面に少なからず出くわしています。
私は学者ではありませんので、どちらが正しいとは言えませんが、英英の類語辞典での解説を鵜呑みにする方が妥当性が高いかなと思っています。

因みに、私はオックスフォードの類義語辞典(Thesaurus)を使っています・・・非常に助かっています。
一般の大型辞書でもスッキリしない単語や語句の解説も、この辞典でスッキリすることが多々あります。

類義辞典を選ぶ際の注意点は、大型にすることです。
小型は、各単語や語句の解説が不十分で、結局は他の辞書を引く羽目になってしまいかねません。

とは言いましても、記憶を確かめるためだけに使用なさる方々もおらるでしょうから、そのような方々には、解説なしで、単語や語句が並べられているだけの辞書でも十分なのかもしれませんが・・・

駆け込み結婚・・・・中国

何故か、Wordpressのブログがレイアウトが崩れて開くので、いつもとは違って、こちらから投稿することにしました。

駆け込み結婚

中国では一人っ子政策の放棄に伴って、遅い結婚を推奨するための動機付けとしての25才以上で結婚すれば15日間の有給休暇がとれるという労働規則も昨年の12月31日で廃棄したそうです。

今年の1月1日からの新規則では何歳で結婚しても有給休暇は3日間だけとなります。

従って、今年の5月や6月に結婚を予定していたカップルも、昨年の12月に結婚登録だけをしてしまうという駆け込みが多かったようです。

中国人は形式に拘る面(面子なども)と実利をとるという面の両面を使い分けていると言われますが、まあ、中国人だけではありませんですよね。

世代の繋がり

世代のつながり

新春は穏やかな日です。
そのまま穏やかな一年となればと祈願したい気持ちです。

これが一般的な家庭の現象かもと思われるような新年の始まりで、娘二人が夫と子供を連れて里帰りをしてきました。

妻が一人で慌ただしく料理を拵えて、食卓を整える様を見ていますと、移り行く世代の繋がりを感じてしまいます。
自分たちの親が自分たちにやってくれていたことを、今では自分たちが子供たちのために同じことをやっています。
それは、引き継がれてゆく苦行ではなく、生甲斐・遣り甲斐という類の楽しみであり、そこに世代の繋がりを感じます。

国際関係状況に鑑みますと、
とても穏やかな一年を期待できそうな雰囲気ではありませんが、如何なる過程を経ようとも、皆が一致して目指すとこ ろは、平穏無事な社会であるということを信じるだけです。


PS.
2006年にホームページ用に買った幾つかの素材集(沢山のイラストと写真)を見ていて気付いたのですが、ファミリーという項目の中には、二世代はあっても、三世代以上のイラストや写真が無いのです。
家族のイメージは、今では二世代だけなんですね。

新年明けましておめでとうございます

申年の年賀状’16

今年の年明けは例年よりは寒くもなく穏やかな日で、近くの神社への初詣も長閑な印象を受けました。

近年は悲惨な人災や自然災害が多く報道されていますが、少なくとも日本だけは穏やかな一年であって欲しいと願うばかりです。

そう書きますと、海を隔てたトランプ氏のように轟々たる非難を浴びそうですが、わが身を捨てて幸運を他者に奉るという程の人格を、私は持ち合わせてはおりません。

日本人は平和ボケだと揶揄するような言葉を吐く方々がいらっしゃいますが、私は常々傲慢な方々だなあ~と思っております。

平和ボケで何が悪いんでしょうか?

社会の発展はそのような方向を目指しているのですから、他の国の社会は違っていても、せめて、日本は、日本国民は平和ボケだと言われる社会にしたいものです。

日本は世界の国々に理想とされる社会を作り上げることに努力を続けるべきです。

国際政治・関係における日本国の危機管理は、その分野の専門家たちが責任をもって行えばいいでしょう…当然の義務です。

大体にして、日本国内自体の状況ですら、平和ボケと言われるような生活環境にはありません。
庶民を愚弄するにも程があります。